仙台高等裁判所 昭和47年(行ケ)2号 判決 1974年4月24日
原告
阿部寿男
右訴訟代理人
川原悟
被告
宮城県選挙管理委員会
右代表者
木村強
右訴訟代理人
八島喜久夫
外三名
主文
一、原告の主位的、予備的各請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
(一) 原告訴訟代理人は、主位的請求として、「(1)昭和四七年二月一九日執行の志津川町議会議員選挙の効力(予備的に当選の効力)に関する原告の審査申立について、被告が昭和四七年六月二二日付をもつてなした審査裁決を取り消す。(2)本件選挙を無効とする。(3)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、予備的請求として、「(1)主位的請求(1)に同じ、(2)本件選挙における訴外山内勝雄の当選を無効とし、訴外佐藤富雄を当選人とする。(3)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
(二) 被告訴訟代理人は、「原告の主位的および予備的各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
二、請求の原因
(一) 原告は、昭和四七年二月一九日執行の志津川町議会議員選挙において、選挙権を有する選挙人である。
(二) 右選挙における投票の結果、志津川町選挙管理委員会(以下町選管という。)は、同年二月二〇日候補者のうち訴外山内勝雄ほか二一名を当選人と決定し、同日その旨を告示した。
(三) 原告は、同年二月二八日町選管に対し、主位的に本件選挙が無効であること、予備的に山内勝雄の当選は無効であり、次点者とされた訴外佐藤富雄が当選人と決定されるべきであることを主張して異議申立をしたところ、町選管は同年三月二一日これを棄却する旨決定をした。そこで、原告は同年四月八日被告に対し、右棄却の決定の取消と右主位的申立と同旨の裁決を求めて審査申立に及んだところ、被告は同年六月二二日右申立を棄却する旨裁決し、原告は同年六月二六日右裁決書正本の送達を受けた。
(四) 本件選挙は次の理由により無効である。
(1) 訴外及川勉、同須藤清悦、同須藤義昭、同佐藤清二、同遠藤三郎、同遠藤忠義、同首藤隆、同星喜美男の八名は、いずれも本件選挙において選挙権を有する選挙人である。
(2) 原告は、右八名とともに、昭和四七年一月一〇日頃から、神戸市兵庫区山田町下谷上字芝三番地守屋工務店こと守屋昭良所属の労務者として、その属する投票区の区域外である神戸市内において出稼中であつたが、同年二月一〇日頃右八名から本件選挙につき公職選挙法(以下法という。)四九条、同法施行令(以下令という。)五〇条二項による不在者投票をしたのいで、令五〇条一項に基づき、町選管委員長に対する投票用紙および不在者投票用紙封筒の交付請求をするについて使者となるべきことを依頼された。
(3) そこで原告は右八名の使者として、同年二月一一日町選管に出頭し、右八名の各作成した右交付請求書兼宣誓書、守屋工務店作成の就労証明書在中の封筒を提出して不在者投票用紙などの交付を請求した。ところで、令五〇条一項の請求は、必ずしも郵送によることを要せず、また使者による請求も可能で、この場合町選管としては原告が右八名の使者であることを確認するため適当な方法をとるべく、確認したうえは右交付請求に応ずべきである。しかるに、町選管は、右請求が郵送によるものでなく、かつ、原告が右八名の使者であることの確認のためなんらの方法もとることなく、その確認は困難であるとして右交付請求を拒否した。
その際原告は、(イ)右八名の請求書等が同一筆跡である点については、右八名が筆不精のため守屋工務店の帳場の人に書いて貰つた旨、また原告が右八名の使者であることにつき、所携の身分証明書を示し一緒に右工務店で働いている者である旨の証明をしたが、町選管はそれだけでは使者の確認はできないとし、(ロ)さらに原告において電話料を負担することとして直接守屋工務店において就業中の右八名に対し、直接電話によつて原告が使者たることの確認をして欲しい旨申し出たにもかかわらず、町選管は証拠が残らないからという理由でこれも拒否したのである。
しかしながら、町選管は、不在者投票用紙の請求書などの審査の場合と同様、原告が使者であるか否かの点についても形式的審査権を有するのみで、実質的審査権を有しないのであるから、使者たることを確認するには前記(イ)の程度の説明で充分であつた。このことは不在者投票そのものにつき実質的に審査してその受理、不受理の決定をなすべき旨の令六三条、七一条の規定の存在することからも明らかである。また、事実を調査する必要のある場合、係員が電話によりこれを確かめ、電話箋としてその結果を記録しておく事例は官庁などにおいてしばしば見られるところであり、その証拠が残らないということはありえない。しかも、(イ)(ロ)程度の確認によつて本件交付請求を受理したとしても、本件不在者投票用紙および封筒を右八名あて直接郵便をもつて発送する方法によるならば、令六三条、七一条の規定と相まつて、不正行為の介入を防止し、選挙の自由と公正を確保することは充分可能であつたのである。
(4) 従つて、町選管の右交付請求受理の拒否は違法であり、その結果右八名の投票が無効となつた以上、本件選挙においてはその管理執行の手続に違法が存したことになる。
(5) ところで本件選挙においては、最下位当選者山内勝雄の得票数が二七九、九六五票(原告の主張によれば後記のように二八〇、九六五票)で、次点者佐藤富雄の得票数二七七、一一一票(原告の主張によれば後記のように二七九、一一一票)との差が僅か二、八五四票(原告の主張によれば一、八五四票)であり、また山内の直上位当選者である訴外佐藤重三の得票数が二八四、一一四票であるから右次点者との差がこれまた僅か四、一四九票の差にすぎないこととなり、右票差と右八名の不在者投票が有効とされた場合、右不在者投票手続の違法は、本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれのあることが明らかであり、従つて本件選挙は無効である。
(五) かりに本件選挙が無効でないとしても、前記(四)の違法により、山内勝雄の当選は無効で、次点者佐藤富雄が当選人と決定さるべきである。
(六) なお、本件選挙においては、山内勝雄の得票数が二八〇、九六五票、次点者佐藤富雄の得票数は二七九、一一一票となる。すなわち、(イ)本件選挙において無効票とされた票のうち「佐藤富雄」なる投票は、佐藤富雄の有効得票とすべきであり、(ロ)当選人山内忠雄の得票中に混在した「山内勝雄」なる投票は、山内勝雄の有効得票とすべきであり、(ハ)無効票中「菅原富雄」なる投票は、佐藤富雄の有効得票とすべきである(菅原富雄は、もと志津川町長はじめ各種の要職にあつた著名な人物で、昭和四一年二月一五日死亡した者であるが、選挙人がわざわざ死者に対する投票をするいわれはないし、他方佐藤富雄は本件選挙区において「サトミ」の略称をもつて呼ばれ、本件選挙のポスターや立看板などにもその氏名のそばに「サトミ」と付記されていたのであるが、同人は亡菅原富雄の実妹の夫である関係もあつて、「サトミ」が菅原富雄の略称であつた「スガトミ」と現にあやまつて呼ばれている事実がある。右のような事情を考慮するとき、「菅原富雄」なる投票をした選挙人の意思は佐藤富雄に対するものと推認すべきである。)から、(イ)ないし(ハ)の投票をそれぞれ加算すると、山内勝雄の得票数は二八〇、九六五票となり、佐藤富雄の得票数は二七九、一一一票となり、その差僅か一、八五四票となる。
(七) よつて、前記一(一)の判決を求める。
三 請求の原因に対する答弁
(一) 請求の原因(一)(二)(三)の事実は認める。
(二) 同(四)の事実中、(1)の事実は認めるが、(2)の事実は知らない。
(三) 同(四)(3)(4)の事実中、原告がその主張のように町選管に出頭して右八名の不在投票用紙などの請求をしたこと、使者による請求が可能であること、町選管が、右請求が郵送によるものではなく、かつ、原告が右八名の使者であることの確認は困難であるとして右交付請求を拒否したことは認めるが、その余の事実は否認する。
町選管は、原告が使者であることを理由に拒否したのではなく、使者であることを確認しえないために拒否したのである。原告が使者であるかどうかは、原告自身が証明すべきことであつて、町選管にはそのための確認義務はない。けれども町選管としては原告に対し請求者らに電話連絡するよう指導し、その結果請求者らは郵送による請求をなしたので、町選管はこれに応じて不在者投票用紙などを同人らに郵送した。
(四) 同(四)(5)の事実中、開票の結果が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。
(五) 同(五)の主張を争う。
(六) 同(六)の事実中、(イ)(ロ)の点は認めるが、その余は否認する。
(七) 町選管が本件請求を拒否したのは、原告が右八名の依頼書を持参しなかつたことなどかなみて原告の説明のみでは不充分であり、本件請求が選挙人の意思によるものと確認できなかつたからである。この場合電話等で選挙人の意思を確認することは町選管のとるところではない。また使者たることの確認は実質審査を必要とするものである。
四 証拠関係<略>
理由
一請求原因(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。
二そこで本件不在者投票の手続について所論のような違法があるかどうかについて判断する。訴外及川勉、同須藤清悦、同須藤義昭、同佐藤清二、同遠藤三郎、同遠藤忠義、同首藤隆、同星喜美男の八名が本件選挙において選挙権を有する選挙人であること、原告が昭和四七年二月一一日町選管に出頭し、右八名の不在者投票用紙などを請求したこと、町達管が、右請求が郵送によるものではなく、かつ、原告が右八名の使者であることの確認は困難であるとして右交付請求を拒否したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(一) <証拠略>によると、次の事実が認められる。
1 原告および右八名の者は、昭和四七年一月一〇日神戸市兵庫区山田町下谷上字芝三番地守屋工務店こと守屋昭良に雇われ、同月中旬以降三月頃までの間労務者として本件投票区の区域外である同市内の同一の工事現場において稼働していた。
2 右稼働中である同年二月九日頃原告は右八名の者から、本件選挙につき不在者投票をするため町選管委員長に対する投票用紙および不在者投票用封筒の交付請求をするについて必要な書類の作成および使者となることを依頼された。
3 そこで原告は、予じめ右八名の者の依頼により用意しておいた「請求兼宣誓書」用紙八通の(イ)選挙名欄に「町議会議員」、(ロ)不在者投票事由欄に「現住所に出稼ぎ中のため」と記載したうえ、同現場飯場の事務係菅野正三および菅野裕一に空欄となつている該当事項((ハ)不在期間、(ニ)現住所、(ホ)選挙人名簿に記載された住所、(ヘ)生年月日、(ト)氏名、(チ)作成年月日、(リ)選挙執行日)の記入を依頼したところ、菅野正三は首藤隆、須藤清悦、佐藤清二の分につき、菅野裕一はその余の者の分につきそれぞれ前記(ハ)ないし(リ)の該当事項を記入完成したので、これを右八名に示して各人の名下に押印して貫い、別に用意した各人の就労証明書を添え、原告自ら表裏に記入した右八名分の封筒にこれらを入れて各人に封緘させた。
4 原告は、同年二月一一日午前一一時頃(本件選挙告示の前日)右八通の封筒を持参して町選管に出頭し、町選管の係員にこれを提出し、右八名の使者として投票用紙および不在者投票用封筒を請求する旨申し出た。その際原告は、「守屋工務店」なる刺しゆうの入つた上衣を着用してはいたものの、自己の就労証明書、身分証明書、右八名からの使者となるべき旨の委任状、依頼状を持参しなかつた。
5 右申出を受けた町選管は、そのうちの二通(須藤義昭、星喜美男分)を開披してみたところ、前記請求兼宣誓書中の前記(ハ)ないし(リ)の事項(特に住所、氏名)の記載が同一筆蹟であり(他の六通も同一筆蹟である旨原告から説明があつたのでこれを開披しなかつた。)、他に右八名からの依頼状などの提出がなかつたため、原告が右八名の使者であることの確認は困難であるとしてその受理を拒否した。
6 これに対して、原告は前記12の事情および右八名が筆不精のためその依頼によつて代筆した旨を説明したが、容れるところとならず、さらに原告の費用負担において直接右八名に対し電話をもつて使者たることの確認をして貰いたい旨申し出たが、町選管は適当でないとしてこれにも応じなかつた。
7 そこで原告は、やむなく町選管の指導に従い、志津川町役場から電話で右工事現場にいる雇主守屋良昭に対し、右事情を説明したうえ、改めて右八名において住所氏名を自署した請求兼宣誓書を町選管あてに郵送するよう連絡方依頼した。
8 その結果右八名から郵送による第二回目の請求が同年二月一四日午前中に町選管に到達し、町選管は同日午後書留速達をもつて投票用紙および封筒を右八名あてに発送し、右八名は同月一七日午前八時過ぎ頃神戸市兵庫区選挙管理委員会に出頭して不在者投票をし、同委員会は同日午前九時二四分附選管あてに右投票を書留速達をもつて発送したが、郵便が遅延し、本件投票日(二月一九日)を過ぎた同月二一日午前九時一〇分頃町選管に到着したため、投票日経過後の投票として無効となつた。
以上の確定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 右事実関係によると、町選管が原告を使者とする本件請求の受理を拒否しなかつたとすれば、右のような郵便の遅延を考慮に入れても、右請求にかかる右八名の不在者投票は遅くとも本件投票日までに町選管に到達し得たはずであり、従つて前記のように右八名の不在者投票が無効とされることはなかつたものとみることができる。してみると、本件請求受理の拒否と本件不在者投票の無効との間には因果関係が存在するものというべきである。
(三) 進んで、本件請求受理の拒否の適法性について考えてみる。令五〇条一項の請求は、郵便による場合のほかは、「直接に」その登録されている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長に対してなすべきものとされているところ、右にいう「直接に」とは、なるべく多くの有権者に選挙権を行使する機会を与えようとする不在者投票制度の立法趣旨に照らすと、本件が直接出頭して右委員長に対して請求をする場合のみならず、本人の意思に基くものである限り使者による請求をも含むものと解すべきである。しかしながら、不在者投票制度が当日投票所における投票の例外的措置として認められているものであり、その制度の内容からみて不正行為の介入する余地が少なくないものであることからすると、これを未然に防止するためには、法令の解釈適用にあたつてはこれをできるだけ厳格に行うべきものである。従つて、右のように使者による請求を受理するについても、使者であるかどうかは単に形式審査にとどまるべきではなく、当該使者による請求が本人の意思に基くことの充分な確認(実質審査)を必要とすべく、その確認方法については特に限定はないけれども、請求書の記載内容、使者と称する者の提示した本人の依頼状その他主人の意思をあらわす書面、事情聴取その他諸般の事情を参酌し、受理の段階において客観的にみて何びとも当該使者による請求が本人の意思に基くものであることの心証が得られる場合に限るべきものである。
これを本件についてみるに、前記認定の事実によると、本件請求受理の段階においては、右八名の就労証明書、請求兼宣誓書の記載、原告の着用していた上衣の刺しゆう文字、原告の説明などにより使者と称する原告と右請求書の作成名義人である右八名の者とが神戸市内の前記工務店において稼働している事実を肯認しえたであろうが、右請求書には各名義人と同一姓の印影があるものの、右八名の依頼状その他使者となるべきことを依頼する趣旨の書面はなく、しかも右各請求書の記入事項、特に本人の住所氏名が、開披された二通については明らかに同一筆跡であり、開披されなかつた六通についても原告の説明により同一筆跡であるというのであるから、各名義人の個別的な意思の存在を認定することは困難というべく、原告において各名義人が自書しなかつた理由を付加説明したとしても、客観的にみて使者となることが各名義人の意思に基くものであることの心証を得ることはできなかつたものとみざるを得ない。
原告は、町選管としては、原告の申出に基き右八名に対し電話による確認をなすべきであつたと主張するけれども、電話による問答はその性質上通常対話の相手方を直接確知することは至難なものであるから、確認の方法としては妥当なものではない。また原告は、右のような状況のもとで本件請求を受理したとしても、右八名あてに直接投票用紙などを郵送する方法をとれば不正行為の介入を防止し、選挙の自由と公正を確保しうる旨主張するけれども、客観的に使者と確認しえない段階で請求を受理することは、結果的には本人の意思に基かない方法による請求を容認することになり、請求に関する不正行為の介入を招来する余地を認めることとなつて不在者投票制度の趣旨にもとることとなるから、所論は到底採用できないものである。
以上の次第で、町選管において原告が右八名の使者であることの確認がえられないとして本件請求の受理を拒否したことは適法の措置というべく、従つて本件選挙においては原告主張のような不在者投票の手続に違法があつたとはいえない。
(四) なお、原告は、請求原因(六)において、最下位当選者山内勝雄および次点者佐藤富雄の各得票の数を争つているけれども、かりにその主張のとおりとしても、後者の得票が前者の得票より結局一、八五四票少ないことを自認しているのであるから、本件選挙の結果および当選の効力に影響を及ぼすおそれのないことが明らかであり、従つてその主張にかかる投票の効力について特に判断することを要しないものである。
三してみると、本件不在者投票手続の違法を前提とする原告の本件選挙の無効もしくは当選無効の主張はいずれも理由がなく、従つて原告の本訴主位的、予備的請求はいずれも失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)